大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(行ウ)4号 判決

原告

朝木明代

被告

東村山市

右代表者市長

市川一男

被告

遠藤正之

木村芳彦

被告ら訴訟代理人弁護士

木村峻郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東村山市、被告遠藤正之及び被告木村芳彦は各自、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東村山市は、東村山市議会が発行する「市議会だより」に同議会の名義で別紙一記載の謝罪文を掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は東村山市議会議員であり、被告遠藤正之(以下「被告遠藤」という)は同市議会議長、被告木村芳彦(以下「被告木村」という)は、副議長である。

2  被告遠藤及び被告木村の議事整理行為

(一) 原告は、平成四年一〇月一九日午後三時ころ、東村山市役所五階の議会ロビーにおいて、右翼関係者一名が東村山市議会事務局長川崎千代吉(以下「川崎」という。)に領収書を手渡しているところを目撃し、同日午後四時ころ、川崎に対して、右のやりとりについて電話で事情を尋ね、東村山市議会議長の交際費から右翼関係者に対して公金が支出されたこと及び以前にもこのような支出がなされたことを確認し、右通話をテープ(以下「本件録音テープ」という。)に録音した。

(二) 原告は、右(一)の事件に関して、同年一一月一七日、東村山市議会議長である被告遠藤に対して「右翼関係者への公金支出に関する抗議申入書」と題する書面を提出して抗議の申入れ(以下「本件申入れ」という。)をし、東村山市議会は、本件申入れについて、平成四年の同議会一二月定例会の九日の本会議において、「一一月一七日付け朝木議員からの抗議申入書による、一〇月一九日午後三時頃右翼関係者に議長交際費から公金を支出したかどうかの事実関係を明らかにするための調査」を議会運営委員会に付託することを決議した。議会運営委員会は、右調査付託事項について、東村山市議会に対し、「一〇月一九日午後三時頃、右翼関係者に議長交際費から公金を支出したという事実はなかった」とする旨の調査結果報告を行った。

(三) 被告木村は、右一二月定例会の一八日の本会議において、被告遠藤を代理し、議長として、議会運営委員会の右調査結果報告を承認する決議(以下「本件承認決議」という。)を議決させた。

(四) 被告遠藤は、右一二月定例会の一九日の本会議において、議長として、本件申入れは、職員個人と個人が会話している様子を一瞥しただけで、一方的な感覚で、議長交際費から公金が右翼関係者に支出したと決めつけてなされたものであり、議会運営委員会が、調査により公金からの支出は一切なかったと認めた段階で、本件申入れにおいて述べられた内容は事実に著しく反していることが明らかになったとし、さらに、原告の本件申入れに至るまでの一連の行為は、立法府の議員としてはあまりにも軽率にすぎるものであり、原告は常軌を逸したとも思われる全く恥ずべき行動を平然ととれる議員であるとする内容の「朝木議員に猛省を促し、陳謝を求める決議」(以下「本件決議」という。)を議決させた。

3  被告遠藤が新聞に議長声明文を発表した行為

被告遠藤は、平成四年一二月一九日、市議会議長として、読売、毎日、産経及び東京の各新聞社等に対し、本件決議は原告の抗議申入れに基づきなされたものであり、東村山市議会は右申入れに係る事実の有無を調査したが、原告が指摘したような事実はなかったこと、原告は、私人間の会話をもれ聞いて会話の相手方を「右翼か暴力団」と決めつけ、議長交際費から右翼関係者に公金が支出されたと主張して物議をかもしたのであり、その行動は議員として余りにも軽率にすぎ、議会と行政の信頼関係を根本的に覆すものであって、今後の議員活動に大きな支障を及ぼす、とする内容の議長声明文(以下「本件声明文」という。)を発表し、翌二〇日に右の趣旨がこれらの各新聞の朝刊(いずれも多摩版)に掲載された。

4  被告遠藤がビラに議長声明文を掲載させた行為

被告遠藤は、市議会議長として、同人を含む東村山市議会議員二七名が作成した「超党派でつくる新聞」というビラに「H4・12/19付け・新聞社に出した議長からのコメント全文」との見出しのもとに、本件声明文を掲載させた。右ビラは東村山市内の各世帯に直接配付された他、平成五年一月一三日付けの朝日、読売、毎日、産経及び東京の各新聞の朝刊に折り込まれて、東村山市内の約四万五千世帯に配付された。

5  被告遠藤が市議会だよりに本件決議文、議長声明文等を掲載させた行為

被告遠藤は、市議会議長として、東村山市議会が約五万二〇〇〇部発行した平成五年二月一五日付けの「市議会だより」(以下「本件市議会だより」という。)の第一面に「朝木議員に猛省を促す決議を議決 6面」という見出し及び本件声明文を掲載させ、第六面に「朝木議員に猛省を促す決議を議決」という見出し及び本件決議の決議文並びにその解説記事をそれぞれ掲載させ、被告市の担当者は、本件市議会だよりを東村山市内の約四万五千世帯に配付した。

6  被告遠藤の会議録副本作成行為

被告遠藤は、市議会議長として、前記定例会終了後、翌平成五年三月末日までに右定例会会議録原本を作成し、同日以降これに基づいて会議録副本を作成した。被告市の担当者は、予算措置をとったうえ、右副本一一〇部を印刷作成して、国立国会図書館や市内市立図書館等に配付し、国立国会図書館等は、これを一般市民に公開し、閲覧の用に供している。

7  被告遠藤らの行為の違法性

(一) 原告は、2(一)のとおり、市議会事務局長である川崎に電話で事情を聴取し、同人に東村山市議会議長の交際費から右翼関係者に対して公金が支出されたこと及び以前にもこのような支出がなされたことを確認したうえで本件申入れを行ったのであるから、本件申入れは、証拠に基づいて事実を指摘したものである。本件決議及び本件声明文は、このような客観的根拠に基づく原告の抗議申入れをもって、原告が市職員と個人とのやりとりを一瞥しただけで、一方的な思い込みで議長交際費から公金が右翼関係者に支出されたと決めつけたとする点で、真実に反するものである。被告遠藤は、事実を隠蔽し、原告の政治生命に打撃を加える目的で、本件決議を議決させる議事整理行為を行い、本件声明文を前記各新聞社に発表し、ビラに掲載させ、さらに本件決議文と本件声明文及びその解説記事とを東村山市議会が発行する市議会だよりに掲載させる行為を行ったのであるから、これらの行為は違法である。

(二) 原告は、前記付託事項を調査するための議会運営委員会の会議において本件申入れに至る経緯等を報告するとともに、本件録音テープを証拠として取り調べること、議会事務局に備えつけられている議長交際費の差引簿や領収書、出金伝票等の事件の究明に必要な書証を調べること及び事件の究明のため地方自治法一〇〇条に基づく調査特別委員会を設置することを提案した。一〇月一九日に原告が川崎に対して事情を聴取した際、同人は、議会ではそこで述べたことを話さないと明言したのであるから、本件録音テープは事件の究明にとって最も重要な証拠である。しかし、議会運営委員会は右提案を受け入れず、被告遠藤と川崎に対して一〇月一九日の議長交際費支出の有無に関し約一分間程度の質疑を行っただけで、何ら実質的な調査を行わないまま、客観的な根拠もないのに、委員どうしの内々の申合せにより、原告が指摘したような事実はないとする真実に反する調査結果報告を行ったのである。被告木村は、事実を隠蔽し、原告の政治生命に打撃を与える目的で、右のような真実に反する報告を承認する本件承認決議を議決させたのであるから、被告遠藤の右議事整理行為は違法である。

(三) 被告遠藤は、事実を隠蔽し、原告の政治声明に打撃を加える目的で、右のように真実に反する内容の本件承認決議及び本件決議をそのまま会議録副本に掲載させたのであるから、被告遠藤の右行為は違法である。

(四) 本件においては、被告遠藤及び同木村の行った右各行為が原告の名誉権という私権を侵害したかどうか、民法上の不法行為が成立するかどうかが問題とされているのであって、これは地方議会の内部規律の問題ではないから、司法審査の及ぶ事項である。また、本件決議の対象である原告の抗議申入れは、議会運営とは関係のない議長交際費の支出のあり方について、公益を図る目的で、会期外に、議長に対してなされたものであるから、地方議会の自律的運営の確保を目的とする自律権尊重の法理の範囲外の事項である。

8  被告遠藤らの行為によって原告の被った損害及びその回復方法等

(一) 原告は、市議会定例会における被告遠藤又は同木村の前記議事整理行為によって、右定例会に出席していた同市会議員及び傍聴人に、原告が他人の会話している様子を目撃しただけで、何の客観的根拠もないのに、議長交際費から右翼関係者に公金が支出されたと思い込んで本件申入れを行い、物議をかもしたとの虚偽の印象をもたれることとなり、市議会議員としての名誉及び社会的信用を著しく毀損された。

(二) 原告は、被告遠藤が本件声明文を前記各新聞社に発表し、前記ビラにこれを掲載させ、本件決議文及び本件声明文並びにその解説記事を東村山市議会が発行する市議会だよりに掲載させた行為によって、右新聞、ビラ及び市議会だよりの各読者に、原告が他人の会話している様子を目撃しただけで、何の客観的根拠もないのに、議長交際費から右翼関係者に公金が支出されたと思い込んで抗議を申し入れ、物議をかもす等、軽率すぎる行動をとる議員であるとの虚偽の印象をもたれることとなり、市議会議員としての名誉及び社会的信用を著しく毀損された。

(三) 原告は、被告遠藤による本件会議録副本作成行為及び被告市によるその印刷、配付行為によって、会議録副本を読む一般市民から、原告が他人の会話している様子を目撃しただけで、何の客観的根拠もないのに、議長交際費から右翼関係者に公金が支出されたと思い込んで抗議を申し入れ、物議をかもしたとの虚偽の印象をもたれることとなり、市議会議員としての名誉及び社会的信用を著しく毀損された。

(四) 右(一)ないし(三)の名誉毀損によって原告が受けた精神的損害を慰謝するには金二〇〇万円の支払いを受けるのをもって相当とし、原告の名誉を回復するのに適当な処分としては、被告市をして東村山市議会が発行する「市議会だより」に別紙一記載の同議会名義の謝罪文を掲載させることをもって相当とする。

9  被告らの責任

(一) 違法な議事整理行為によって生じた損害についての責任

(1) 被告市の公権力の行使に当たる議会の議長である被告遠藤及びこれを代理する被告木村はその職務を行うについて、本件申入れが客観的な証拠に基づき事実を指摘したものであることを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、前記違法な議事整理行為を行い、もって、原告に損害を与えたものであるから、被告市は、国家賠償法一条により、その損害を賠償する責任がある。

(2) 被告遠藤及び同木村は、故意または重大な過失により、右違法な議事整理行為を行い、もって、原告に損害を与えたものであるから、民法七〇九条により、その損害を賠償する責任がある。

(二) 違法な議長声明文発表行為によって生じた損害についての責任

(1) 被告市の公権力の行使にあたる議会の議長である被告遠藤は、その職務を行うについて、本件申入れが証拠に基づき事実を指摘したものであることを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、前記のとおり、違法に本件声明文を前記各新聞社に発表し、前記ビラにこれを掲載させ、さらに本件決議文と本件声明文及びその解説記事を東村山市議会が発行する市議会だよりに掲載させる行為を行い、もって、原告に損害を与えたものであり、被告市自らも、その担当者をして、故意又は過失により、右違法な決議文、声明文及び解説記事の掲載された市議会だよりを一般に配付させ、もって、原告に右各損害を与えたものであるから、被告市は、国家賠償法一条により、その損害を賠償する責任がある。

(2) 被告遠藤は、故意又は重大な過失により、右のように違法に本件声明文を前記各新聞社に発表し、前記ビラにこれを掲載させ、さらに本件決議文と議長声明文及びその解説記事を東村山市議会が発行する市議会だよりに掲載させる行為を行い、もって、原告に右損害を与えたものであるから、民法七〇九条により、その損害を賠償する責任がある。

(三) 違法な会議録副本作成行為によって生じた損害に対する責任

(1) 被告市の公権力の行使にあたる議会の議長である被告遠藤は、その職務を行うについて、原告の右抗議申入れが、証拠に基づき事実を指摘したものであることを知り、又は重大な過失によりこれを知らないで、違法に本件決議及び本件承認決議がそのまま記載された会議録副本を作成し、もって、原告に損害を与えたものであり、被告市自らも、その担当者をして、故意又は過失により、右違法な記載のなされた会議録副本を一般に配付させ、もって、原告に損害を与えたものであるから、被告市は、国家賠償法一条により、その損害を賠償する責任がある。

(2) 被告遠藤は、故意または重大な過失により、違法に本件決議及び本件承認決議がそのまま記載された会議録副本を作成し、もって、原告に損害を与えたものであるから、民法七〇九条により、その損害を賠償する責任がある。

(3) 被告市は、右(1)のとおり、その機関である市議会議長をして違法に本件決議及び本件承認決議が記載された会議録副本を作成させ、その担当者によって、右違法な記載がなされた会議録副本を一般に配付させて原告の名誉を毀損したものであるから、国家賠償法四条、民法七二三条により、その名誉を回復するのに適当な処分をする責任がある。

10  結論

よって、原告は

(一) 被告市に対し、右9(一)ないし(三)の各(1)の責任に基づき、被告遠藤及び同木村に対し、右9(一)ないし(三)の各(2)の責任に基づき、連帯して、右8(一)ないし(三)の精神的損害に対する慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する違法又は不法な行為の後である平成五年三月六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の原告への支払いを求め、

(二) 被告市に対し、右9(三)(3)の責任に基づき、右8(四)の原告の名誉を回復するのに適当な処分として、東村山市議会が発行する「市議会だより」に、東村山市議会名義の別紙一記載の謝罪文を掲載することを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、原告は、川崎との通話を録音したことは知らない。その余は否認する。

3  同2(二)ないし(四)の事実は認める。

4  同3の事実のうち、本件決議に関する記事が平成四年一二月二〇日付けの同(五)記載の各新聞に掲載されたことは知らない。その余は否認する。

5  同4の事実のうち、被告遠藤が、議長として「超党派でつくる新聞」というビラに本件声明文を掲載させたことは否認する。その余は知らない。

6  同5の事実のうち、東村山市議会が発行した平成五年二月一五日付けの「市議会だより」に原告が主張したとおりの記事が掲載されたことは認める。その余は知らない。

7  同6の事実のうち、被告遠藤が、平成五年三月末日までに平成四年一二月定例会の会議録原本を作成し、その副本を作成したこと、被告市の担当者がその副本をさらに印刷作成して国立国会図書館等に配付したことは認める。国立国会図書館等がこれを会議録副本を一般市民に公開し、閲覧の用に供していることは知らない。その余は否認する。

8  同7の主張は争う。原告が違法であると主張する被告らの行為は、いずれも本件承認決議及び本件決議に基づく行為であり、本件決議をしたこと自体が違法である場合にはじめて、違法であると主張することが可能であると解されるところ、本件承認決議及び本件決議は、いずれも地方議会の自律権の範囲内にあるものであるから、議会の自治的措置に任されるべき事柄であって、被告らの権限行使が著しい濫用に当たる場合のみ行為が違法となることがありうるにすぎない。

原告は、これまでに、東村山市長や市議会議長である被告遠藤らを被告とする別紙二の一ないし三記載のとおりの各訴えを提起しているが、これらの訴えはいずれも、真実原告の権利について司法的救済を受けることを目的とするものではなく、被告とされた者に精神的な重圧ないし苦痛を与えることや原告の政治的活動に訴訟を利用することを目的として、市長や被告遠藤らの正当な職務行為を、原告の個人的な思想ないし意見と異なることを理由に違法であると主張するものであり、裁判を受ける権利の濫用にあたる。原告のこのような濫訴によって、市長ら被告とされた者は、応訴による精神的負担を負わされており、このような原告の濫訴が今後も続くようであれば、議会の正常な運営にも支障を来すおそれが強い。東村山市議会は、このような原告の濫訴を阻止し、議会の正常な運営を確保するべく、原告の濫訴に対する一種の正当防衛として、本件決議を行ったものであるから、本件決議にも本件承認決議にも、何ら議会としての裁量権の逸脱、濫用等の違法はなく、原告の主張は失当である。

9  同8は争う。

10  同9の主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実

請求原因1の事実、同2(二)ないし(四)の事実及び同6の事実のうち被告遠藤が市議会議長として、右定例会終了後、翌平成五年三月末日までに右定例会の会議録原本を作成し、同日以降これに基づいて会議録副本を作成したこと、右副本がさらに印刷作成され、国立国会図書館等に配付されたことは当事者間に争いがない。

二  被告遠藤及び被告木村の議事整理行為について

原告は、本件決議及び本件承認決議の内容が真実に反するとの理由により、被告遠藤らが本件決議及び本件承認決議をなさしめた行為は違法であると主張する。しかしながら、議長である被告遠藤あるいは被告遠藤を代理した被告木村は、議会が決議を行うについて、議事を整理する権限を有するにすぎず(地方自治法一〇四条)、議員に対して一定の内容の決議をなさしめるような権限を有しているわけではない。したがって、仮に決議の内容に違法にわたる点があったとしても、これによって、右決議をするについてなされた議長の議事整理行為までが違法であることになるものではないから、原告の右主張はそれ自体理由がない。

三  被告遠藤が、市議会だよりに本件決議文及び本件声明文等を記載させた行為について

1  成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、東村山市議会は年四回行われる各定例会の度に、その議案審議の内容や各議員の発言を市民に知らせる目的で、市議会だよりを発行していること、右市議会だよりは市議会の議会報編集委員会によって編集されていること、平成五年二月一五日付けの本件市議会だよりには、その第一面に「朝木議員に猛省を促す決議を議決 6面」という見出し及び別紙三記載の内容の議長声明文が掲載されたこと、その第六面に「朝木議員に猛省を促す決議を議決」との見出し及び別紙四記載のとおりの本件決議の決議文並びにその解説記事が掲載されたこと、被告市の担当者は、右市議会だよりを東村山市内の各世帯に配付したこと、以上の事実が認められる。

そして、本件市議会だよりは、右のとおり、議会報編集委員会によって編集されているものの、議案審議の内容や各議員の議会における発言を市民に知らしめることを目的として、市議会がその広報活動の一環として発行しているものであるから、右発行に関する事務は、市議会議長である被告遠藤が統理する「議会の事務」(地方自治法一〇四条)に含まれると解され、前記の本件決議文及び議長声明文並びにその解説記事は、被告遠藤の積極的な指示のもとに掲載されたものであるかどうかはともかく、少なくとも、その同意のもとに掲載されたものであることは優にこれを推認することができる。

2  原告は、被告遠藤が、市議会だよりに本件決議の決議文及び本件声明文並びにその解説記事を掲載させた行為につき、これが原告の名誉を毀損するものであると主張する。しかしながら、原告がこれらの行為について違法であると主張するところは、結局、本件決議文及び本件声明文並びにその解説記事の内容が、他人の会話している様子を目撃したことのみを根拠に原告が本件申入れを行ったとしている点で、真実に反するということに尽きるものである。

3  ところで、別紙三及び別紙四それぞれの記載内容によれば、本件市議会だよりに掲載された本件声明文の内容は、本件決議文の要約に、本件決議が原告の抗議申入れに基づいてなされたものであること並びにその議案が原告及び被告遠藤を除く全議員により超党派で議会に提出され可決されたものであること、という本件決議の経緯の説明を付け加えるにすぎないものであることが明らかである。また、前掲甲第一号証によれば、右解説記事の内容もまた、本件決議文の要約に、本件決議が原告の右抗議申入れに基づいてなされたものであること、右申入れの内容、本件決議は議員提出案として、一二月定例会に提出されたものであること等、決議文がなされた経緯について補足説明を加えたにすぎないものであることが明らかである。このような議長声明文及び解説記事の内容からすれば、これらは、原告に関して、本件決議文とは異なる事実を指摘し、あるいは異なる評価を公けにしたものではなく、議会の議事活動である本件決議を市民に広報するにあたって、これに付随し、又はこれを補完する目的をもって掲載されたにすぎないものと解される。

そうすると、本件決議文及び本件声明文並びにその解説記事が真実に反するか否か、それらを市議会だよりに掲載する行為が違法か否かという事項について判断することは、とりもなおさず、本件決議の内容が真実か否か、本件決議を公表することが違法かどうかについて判断することとならざるを得ないことになる。

4 地方自治法上、普通地方公共団体の議会は、法や会議規則等の自律的な法規範によって運営すべきものとされており、右の自律的な運営を確保するために、議会が議員に対して懲罰処分を行うことも、法が認めるところである(地方自治法一三四条ないし一三七条)。そうすると、議会の秩序ないし規律の維持のため、議会が、議員の議会活動における言動その他の行為について行った懲罰処分や、懲罰処分とまではいえないまでも議員に反省や自粛を求めるような、懲罰処分に準じる内容の決議の当否をめぐって発生する紛争は、右処分が、公選議員を議会から排除する除名処分のように純然たる内部規律の問題を越えたものを除き、右の法規範に則って議会が自ら解決すべきものとするのが法の趣旨であると解されるから、そのような事項については、裁判所は、原則として裁判手続においてその適法、違法を判断することを差し控えるべきものであると考えられる。

本件決議は、法あるいは会議規則の違反等を陳謝の理由としておらず、原告の右抗議申入れに至るまでの一連の行為について、議員として軽率にすぎ、議会と行政との信頼関係を覆し、議会活動に支障を及ぼすものであると評価して、原告に猛省と陳謝を求めるにとどまるものであること、懲戒処分としての陳謝は、議会の決めた陳謝文によって行う旨定める東村山市議会規則九一条の規定にかかわらず、本件の決議においては陳謝文を定めてはいないこと等からすれば、本件決議は地方自治法一三五条一項二号に定める懲罰処分である陳謝には当たらず、議員の品位の維持と議会の秩序ある活動の確保を目的として、原告に、議員としてより慎重な行動をとるように求める勧告ないし要望としての意思表示の域を出るものではないと解される。そうであるとすれば、このような議会の内部規律の維持の観点からなされた本件決議の当否をめぐる紛争は、たとえそれが、決議そのものの効力を争うのではなく、名誉権という私権を侵害する不法行為が成立するか否かという形で争われているとしても、その私権の帰属主体が議会の内部規律に服すべき議会の構成員である以上、議会内部で解決されるべき問題というべきであり、裁判所が裁判手続によって、決議における原告の行為に対する評価が相当か否か等、決議内容の当否について司法審査を行うことは、前記の法の趣旨からすれば、差し控えるべきものといわなければならない。

なお、原告は、本件決議の対象となった原告の行為は、議会運営とは関係のない議長交際費の支出のあり方についての一私人としての抗議申入れであるから、これを対象としてなされた被告遠藤らの行為には司法審査が及ぶと主張する。

しかしながら、議長交際費が適正に支出されているかどうかは、議員各人が監視すべき議会の財政の問題であり、議会運営に係わる問題であるということができる。そして、議員が議長交際費の支出に関して議長に対して抗議を申し入れれば、たとえ、その議員の主観においては、議員としてではなく一私人として行ったものであったにせよ、客観的には、議会運営に係わる問題について議員として行動しているものと見るのが相当であって、議員の議会活動とは無関係であるとする原告の主張は失当である。

四  被告遠藤が新聞社に対して議長声明文を発表したとする主張について

原告は、被告遠藤が本件声明文を前記各新聞社に発表したと主張して、右行為は、原告の名誉を毀損すると主張する。しかし、いずれも成立に争いのない甲第一四号証ないし甲第一七号証及び弁論の全趣旨によれば、平成四年一二月二〇日の読売、毎日、産経及び東京の各新聞の多摩版に、本件決議の内容及び本件決議がなされた経緯を紹介し、本件決議に関する原告のコメントを紹介する記事が掲載されたことが認められるものの、右各新聞記事には議長声明文や被告遠藤による議長としてのコメント等は何ら記載されておらず、仮に被告遠藤がこれらの新聞社に議長声明文を発表していたとしても、そのことはこれらの記事の内容となってその読者の目に触れることはなかったのであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告遠藤の議長声明文発表行為が原告の名誉を毀損したとする原告の右主張は失当である。

五  被告遠藤がビラに本件声明文を掲載させたとする主張について

成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、「超党派でつくる新聞」と題するビラに、別紙三記載のとおりの議長声明文が、平成四年一二月一九日付け・新聞社に出した議長からのコメント全文との見出しのもとに掲載されたこと、右ビラには本件決議文も掲載されたこと、右ビラは平成五年一月に配付されたこと、右ビラにはその発行責任者の氏名として、本件決議の提出者である市議会議員二六名の氏名が記載されているが、その中には被告遠藤の名前はないことが認められる。

原告は、右ビラの記載を理由に、被告遠藤が右ビラに議長声明文を掲載させたと主張するが、右発行責任者として被告遠藤の氏名があがっていないこと、議長声明文は平成四年一二月一九日付けであるから、本件決議がなされた後、市議会だよりの編集委員を務める議員が、これに掲載する議長声明文を議長に無断で引用した可能性もあることに照らせば、右ビラに議長声明文が記載されていたということだけでは、被告遠藤が右ビラに議長声明文を掲載させたと認めるに不十分であり、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の右主張は採用できない。

六  被告遠藤が本件承認決議及び本件決議を会議録副本に記載させた行為について

前記甲第一四号証、成立について争いのない甲第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告遠藤が平成五年三月末日までには、右定例会の会議録原本とその副本を作成したこと、右会議録原本及び副本には本件承認決議及び本件決議がそのまま記載されていたことが認められる。

原告は、被告遠藤が本件決議及び本件承認決議を会議録に記載させた行為はこれらの決議の内容が真実に反するから、違法であると主張する。

しかしながら、本件決議及び本件承認決議を会議録に記載することが原告の名誉を毀損するかどうかを判断するためには、これらの決議内容が真実に反するかどうかについて司法審査を及ぼさなければならない。そして、本件決議の内容が真実に反するかどうかは司法審査を差し控えるべき事項であることはすでに、三で述べたとおりである。本件承認決議の内容についても、議会内部における調査の結果を承認することの当否は、議会内部において自主的に決定すべき性質の事柄であるから、やはり、司法審査を控えるべき事項であると解される。そうすると、本件決議及び本件承認決議の内容が、議長によって不当に変更されて会議録に記載されたという事情があれば格別、そのような事情のない本件においては、被告遠藤が本件決議及び本件承認決議をそのまま会議録に記載させた行為が違法であるかどうかを評価することはできないから、原告の右主張は失当であるといわざるを得ない。

以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官武田美和子)

別紙一謝罪文

東村山市議会は、右翼団体関係者に議長交際費が支出された事件について、あなたが、議長に対して提出された「抗議申入書」に関し、一九九二年一二月定例会の一二月二〇日の本会議において「朝木議員に猛省を促し陳謝を求める決議」等を議決しました。

しかし、あなたは、証拠に基づいて「抗議申入書」を提出されたものであり、何ら事実に反することがらは述べておらず、非難されるような点は一切ありません。

逆に東村山市議会が行った右決議等は、十分な調査もなく行ったものであって、右決議等で、あなたが、右事件について事実に反することがらを述べたとか軽率で恥ずべき行動をとったなどと述べ、あなたを誹謗したのは、誤りであります。

東村山市議会は、右につき深く反省し、右決議等が、あなたに対する世人の認識を誤らせ、あなたの市議会議員としての名誉や信用を著しく傷つけ、あなたに精神的に多大な苦痛を与え、大きな御迷惑をおかけしたことを、ここに、心からお詫びするとともに、二度とこのような不法行為を引き起こさないことをお約束いたします。

年 月 日

東村山市議会

右代表者 議長 遠藤正之

東村山市議会議員 朝木明代様

別紙二訴訟一覧〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例